ごみ収集という仕事
――清掃車に乗って考えた地方自治


藤井誠一郎
四六判/264ページ/本体2200円+税/2018年6月

ISBN 978-4861871504

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若手研究者が新宿区内で9カ月間にわたって清掃現場で収集などを体験したうえで、
清掃という仕事の奥深さ、日があたらない場所で真摯に働く職員の姿、
歌舞伎町や新宿二丁目のごみ事情、民間委託の問題点、
そして本来の地方自治のあり方について論じる。



<目次>

プロローグ 現場主義を貫く
1 9カ月間の清掃現場体験
2 本書の視点と成り立ち


第1章 初めてのごみ収集
1 梅雨空のもとでの収集作業
2 新宿区の清掃行政


第2章 研究者が体験した収集現場
1 過酷な炎天下
2 新たな発見と年始の惨状
3 軽小型車での機動的収集
4 不燃ごみの収集と破袋選別
5 ごみから見える新宿二丁目
6 さまざまな現場と向き合う


第3章 多様な仕事
1 収集を支える
2 歌舞伎町界隈での奮闘
3 女性の活躍
4 ふれあい指導
5 環境学習の現場
6 苦情対応と巡回の現場
7 檜舞台の裏で


第4章 委託の現場
1 委託の仕組み
2 雇上・車付雇上のホンネ
3 委託化の問題点
4 委託化に対する住民の選択権


第5章 清掃行政の展望
1 自治体の行政改革と委託化の進行
2 清掃職員が創造している価値
3 これからの清掃事業
4 現業職員と地方自治の活性化
5 公共サービス提供への示唆




<著者プロフィール>

藤井誠一郎
1970年生まれ、大東文化大学法学部准教授。専門:地方自治、行政学、行政苦情救済。 主著 『住民参加の現場と理論――鞆の浦、景観の未来』(公人社、2013年)、『行政学 第2版(共著、弘文堂、2016年)


<書評>

『ごみ収集という仕事 清掃車に乗って考えた地方自治』(藤井誠一郎著)は、著者がごみ収集という仕事の実体験から清掃という仕事の奥深さ、そして地方自治のあり方を論じた一冊だ。東京堂書店の竹田学さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

「現場主義」を実践する研究者が東京都新宿区の清掃現場に参与観察して著した本書は、ごみ収集という仕事の奥深さをつぶさに伝える。

ごみ収集の現場は汚臭に満ち、常に危険と隣り合わせだ。地域住民に対して細心の配慮が求められ、非常に神経も使う。その過酷な現場は清掃員の熱意に支えられ、ごみを収集する方法や分別、仲間との連携など無数の技術が蓄積・実践され、その結果、地域の衛生と美観が保たれている。

だが、自治体財政の悪化から推進される事業の民営化はそんな清掃現場にも影響を与えている。机上の計算では算出されなかった委託化へのコスト、ノウハウが引き継がれないためのサービス低下を著者は指摘し、自治体の清掃事業はどうあるべきか具体的に提言している。ごみ収集現場から地方自治を考える、読み応えある一冊である。
『AERA』(2018年6月25日号)


ごみ収集にかかわる作業員が、実は誰よりも街の道路事情や住環境をめぐるわずかな変化まで知り尽くしていること。それが街の防犯や防災におおいに貢献しうる潜在的な公共の財産になっていうかなどには、深く納得した、逆に、どんどん進む清掃作業の委託化が、それらの財産を損ねかねない危惧についても気づかされた。現在の社会は依然、大量生産、大量消費、大量廃棄から成り立っている。最後の廃棄の問題に真剣に向き合うことなく、私たちの暮らしに未来はない。本書を読了後、きっとあなたは街をゆくごみ収集車を見る目が変わるだろう。そして次の日から気持ちを新たに、ごみ出しに臨むようになるはずだ。
評者 椹木野衣(美術批評家・多摩美術大学教授)
『朝日新聞』(2018年7月28日)


効率良い積み込み動作を追求する奥深さ、清掃職員の使命感と寛大さ、それおを踏みにじる身勝手さ、ルール指導の難しさ、さらに「無法地帯」と化す新宿二丁目、著者が「戦場」「修羅場」と言い表す、年末のごみ収集…。 現場には真実が存在する。大量の汗と引き換えに著者が得たものに、もはや税金云々を持ち出すのも憚られるが、一方で清掃業務は公共サービス提供の点から崩壊寸前の危機にある。実況中継しながら問題点、過大を浮き彫りにし、著者は運営の在り方に警鐘を鳴らす。自ら撮影した写真のちょっとピンボケも混じったリアルさが説得力を増し、目が開かれる現場からの報告書である。
『香粧品科学研究開発専門誌 フレグランスジャーナル』(2018年7月号)


ごみ収集の現場で進む民間清掃会社への業務委託について掘り下げ、委託作業員や運転手へのインタビューを通して生の声を伝え、委託化に伴い浮かび上がる問題点を指摘している。さらに、最終章「清掃行政の展望」において著者は、清掃職員は住民に最大限配慮しながら日々の収集業務を遂行しており、それは非常に意味のある価値を創造していると主張し、委託化によりその価値が減じられていることを懸念する。委託化の問題点を照射する視点として、興味深い。
『都市問題』(2018年8月号)


(中略)効率的な行政の追求には誰も異論ありません。ただし、それによって失うものがあることに私たちは気づくべきではないでしょうか。分別されていない出し方への指導、高齢者や障がい者家庭への訪問収集、住民の苦情への対応など、直営だからこそできる業務はたくさんあります。「衛生的な環境を提供したい」という熱意に基づくごみ収集は、多様な価値を住民に提供してきました。それらを委託化によって失ってもよいのか。少なくとも、住民に選択権があるべきではないか。炎天下や雨中で清掃車に乗ってごみを集めながら、そう考えていました。
『東京新聞』(2018年8月6日)


本書は、ごみ収集する職人的な美技を堪能し、収集システムの中身を知り、労働環境を考え、収集システムの中身を知り、労働環境を考え、ごみを分別し再利用する文明史的意味を考えるという、誠に贅沢な論点の宝庫である。とくに考えさせられたのは、清掃員たちの団結力であり、天候や渋滞、ごみの内容などに臨機応変に対応する熟練の技である。こんなにも難しく、仲間と深い一体感を感じられ、深奥な誇り高い仕事だったとは知らなかった。にもかかわらず民間委託が進むと、現場知と技が継承されにくくなる。休憩時には地べたで雑魚寝するような条件で働く委託作業員たちは、公共精神を発揮しづらくなり、それがサービスの劣化をもたらすという指摘は、傾聴に値する。
『読売新聞』(2018年8月26日朝刊)


9カ月の収集体験を経て、藤井誠一郎はある結論を導き出す。ごみ収集は「誰でもできる仕事」ではない。数千もの集積所の場所を覚え、排出ルールを熟知して焼却していいごみ・いけないごみを見分け、集積所での住民の問いに瞬時に応える、経験知に基づく高度な判断を要する仕事なのだと。ゴミ収集、資源回収、廃棄に代表される環境分野の仕事は静脈産業といわれる。私たちが生活するこの社会は、流通という「動脈」を通じ隅々まで罪が運ばれ消費される。(中略)だがいま、社会の「静脈」は分断され、先端部分はうっ血し、動きが取れなくなってきた。その原因は、清掃業務の安価な業務委託化により、素早い収集・焼却・廃棄だけが追求され、対話が失われ、消費した先のごみの行方に住民は無関心となり、社会の筋肉の機能を果たさず、「静脈」が劣化したからだ。清掃職員で大学准教授の藤井誠一郎は警告する。安易な委託化は住民に損失をもたらす。
評者 上林陽治(公益財団法人地方自治総合研究所 研究員)
『季刊地域』NO.35 (2018年秋号)


『毎日新聞』(2018年7月1日)で紹介されました。
『出版ニュース』(2018年7月上旬号)で紹介されました。
『I女のしんぶん』(2018年7月25日号)で紹介されました。
『ガバナンス』(2018年7月号)で紹介されました。
『長周新聞』(2018年8月11日)で紹介されました。
『じちろう』(2018年8月21日)で紹介されました。
『食べもの文化』(2018年 第530号)で紹介されました。
『月刊自治研』(2018年9月号)で紹介されました。
『地方行政』(2018年9月3日)で紹介されました。
『書籍ダイジェストサービス「SERENDIP(セレンディップ)」』で紹介されました。
『地方自治職員研修』(2018年10月号)で紹介されました。
『ふぇみん』(2018年9月15日号)で紹介されました。
『月刊WEDGE』(2018年10月号)で紹介されました。
『朝日新聞』(2018年10月2日)に著者・藤井誠一郎さんのインタビューが掲載されました。



  
 

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