□ ■どこからどこへ研究会のコラム■□
スポーツシューズはどこからやってくる?
有名スポーツ選手をCMに起用してブランドイメージをつくりあげ、80年代から急速に市場を広げたスポーツシューズ。いまではすっかり日常の履き物として定着しました。日本では年間3760万足(2000年)が出荷されていますが、輸入品が9割を占め、そのうち中国製が圧倒的となっています。ひじょうに複雑で洗練された商品ですが、製造方法は意外にも手作りに近いものでした。ブランドシューズの実際をみてみました。
●健康ブームの到来
アメリカをはじめとする先進国では、70年代のジョギングブームを皮きりに、80年代にはエアロビクス、ウォーキング、90年代にはアウトドアレジャーなど、健康スポーツが人々の生活に浸透しました。それにともなって安全性と機能性に優れたスポーツシューズが次々に開発され市場を広げてきました。
●スーパースターの登用
とくにアメリカのナイキ社は、1985年にプロバスケットボール選手のマイケル・ジョーダンをCMに起用して、「スーパースターブランド」をつくりあげ、急速に市場を広げました。日本でも96年に「エアマックス」シューズを求める若者たちの列ができたことは記憶に新しいでしょう。
●頻繁なモデルチェンジ
スポーツシューズがブランド品になったとき、それはスポーツ用品からファッションになりました。新しいデザインが次から次へと投入され、1年に4回もモデルチェンジがはかられます。日本はさらにサイクルが短かく、ナイキなどは2カ月単位で新製品を投入しています。
●工場からでる有害物質
スポーツシューズには、人体や環境に有害な物質が材料として使われています。環境保護団体などの指摘を受けて、各社は対策を進めています。
・PVC(ポリ塩化ビニル): 燃やすとダイオキシンが発生します。アディダスは2002年までに、代替材料がない製品を除いて、PVCを全廃すると発表しました。ナイキもPVCの削減をすすめています。
・有機溶剤:接着剤に含まれています。使用時に揮発して塩素ガスが出るため、労働者の健康を損ねるとともに大気を汚染します。メーカーは、塩素ガスの出ない水性接着剤への置き換えをすすめています。たとえばアディダスでは、1足あたりの使用量を140g(1999年)から80g(2000年)まで減らしましたが、全廃はできていません。
・合成ゴム:アウターソールを成型するとき、大量の合成ゴムが型からはみ出してしまいます。たとえばナイキの全契約工場の合計で毎年数百万ポンド(1ポンド=454g)の合成ゴムを廃棄処分していました。最近では、いったん粉末にして再利用するようになってきました。
・六フッ化硫黄:ナイキのシューズに衝撃吸収剤として使われる六フッ化硫黄というガスは、大気中にもれると二酸化炭素の3万5000倍の温室効果があります。ナイキは2001年までにこれを窒素ガスに置き換えると発表しました。
●ブランド企業にも責任
スポーツシューズは洗練された工業製品に見えますが、じつはほとんどが細かな手作業によって作られています。それを担うのは、おもにアジアの若い女性たちです。たとえばナイキ社はデザイン、宣伝などの業務をしているだけで、シューズは中国、インドネシア、タイなど8カ国の40工場で委託生産されています。
同じ工場で複数のブランドのシューズが生産されていることも珍しくありません。
90年代以降、こうした契約工場での労働条件が劣悪であることが問題にされ、欧米のテレビや雑誌、インターネットでさかんに告発されるようになりました。たとえば、中国でニューバランスやナイキのシューズを作っているある工場では、18〜25歳の若い女性たちが、時給14〜34セント(17円〜41円)、1日の労働時間10.5〜14時間、週休0〜1日、という条件の下で働いていました。彼女たちは1部屋に12人という寮で生活し、25歳を過ぎると年をとりすぎているという理由で解雇されていました。もちろん労働組合をつくったり条件の改善を求めることは許されていません。
また、ベトナムのナイキの委託工場では、年600時間もの残業を求められ、断わると解雇される、体を触られる、炎天下に立たされたり殴られたりといった体罰をうける、勤務時間中にトイレや水を飲みに行く回数を制限される、などの例がありました。
ブランド各社は当初、契約工場の労働条件までは責任をとらないという姿勢をとっていましたが、市民によるボイコット運動の高まりに耐えきれず、契約工場にも倫理基準の遵守を求めるようになりました。しかし、人権団体などは、引きつづき情報公開と改善を求めています。
●製造よりも広告宣伝
スポーツシューズメーカーは、80年代に入ると製造よりもマーケティング(販売促進)を重視する戦略をとるようになりました。TVコマーシャルや契約スポーツ選手の争奪のために巨額なお金が使われ、たとえばナイキが96年にタイガーウッズと交わした7年間の契約には4000万ドルが支払われました。
こうして広告宣伝費が肥大した結果、製造コストの削減を求められた韓国の契約工場は、さらに賃金が安い東南アジアや中国へと移転していきました。
いまやシューズの小売り価格のうち、材料費や人件費はわずかなものになりました。人件費よりも、本社の広告宣伝費や利益のほうが多いのです。しかし、これはシューズだけではなく多国籍ブランド企業に共通する傾向です。
コンシャス・コンシューマー 早苗庸子
□ ■チキンはどこからやってくる?■□
現在、日本人1人あたり年に10kg程度の鶏肉を食べていますが、その小売価格は20年前からほとんど変わっていません。その背景には、安い輸入肉が増加していることがあります。日本の国内自給率は、1985年の9割から2000年には7割に落ちこみ、代わってタイ、中国、アメリカ、ブラジルなどからの輸入が増えました。とくにタイや中国からは、安い労働力を生かして、タレをつけて炭火焼した焼き鳥や、衣をつけて唐揚げにしたものなど、加工品が急増しています。そこで、タイの鶏肉加工品がわたしたちのもとに届くまでを追ってみました。
日本で消費される鶏肉のほとんどは、ブロイラーという、少ないエサで速く太るように改良された食用品種です。その原々種は、欧米の数社が門外不出としているため、世界のブロイラー農家は種鳥を購入しつづけなければなりません。高度に品種改良されたブロイラーは、そのヒナを産ませてもブロイラーとしては機能しないのです。その上、温度、湿度管理、薬剤の投与など、厳重な管理のもとでトリを育てなければならないため、タイの農家はアグリビジネス企業の傘下でヒナを育てているにすぎません。
ふ化からわずか50日ほどで効率よく太ったブロイラーは、加工工場へ送られて、若い女性の手によって次々に解体され、焼き鳥や唐揚へと加工されてゆきます。彼女らは立ちっぱなしで作業し、夜番の日には夜中の3時まで働きます。もらえる賃金は、その地方の法定最低賃金です。
あとは食べるだけ、となった加工品は、冷凍コンテナに詰められて日本へ送られ、外食、冷凍食品、コンビニなどのメニューとして、わたしたちの口に入るのです。
こうして急増する輸入品に押される形で、日本のブロイラー農家は1991年の5083戸から2000年には3084戸に激減しました。最近では、抗生物質をあまりつかわずに、より自然な環境で育てた銘柄鳥や味のよい地鶏に活路を見出そうとする農家も増えています。
コンシャス・コンシューマー 早苗庸子
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