コモンズは、環境・アジア・農・食・自治などをテーマに暮らしを見直す、わかりやすく質の高いメッセージを伝える新しい出版社です。
 
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より道のコーナー

◆ポイントカードによる値引き販売に反対します
(出版協声明 13年8月28日)


◆ポイントカードは読者・消費者の利益になるのでしょうか?(Q&A)
(出版協より
13年8月28日)



◆『幸せな牛からおいしい牛乳』の著者中洞正さん

『日本経済新聞』(12年8月18日)にインタビュー記事が掲載されました。

◆『朝日新聞』(09年10月25日)に「平和の棚の会」設立1年記念フェア(ジュンク堂書店新宿店)が紹介されました。


◆『朝日新聞』(09年8月)の「夏の読書特集(書評欄)」で、大江正章オススメの3冊について書評が掲載されました。

◆Google「和解案」についての当社の態度◆


当社は、Google「和解案」に反対します。

1 Googleは、著作権を無視し、許諾なしに、契約した図書館の蔵書から、大規模なスキャニングを行い、また、現在も続けています。その点数は、全世界で千数百万冊に及びます。当社でGoogleにリストアップされた書籍は、刊行書籍の80%以上、120点を超えており、2008年に刊行された本が含まれています。また、スキャニングがすでに終ったものは、そのうち、5%近くになっています。Googleは、当社の書籍がアメリカで入手困難であり、絶版書籍だとして、公然と、スキャニングし、自己の商業行為に活用しようとしています。このことについて、Googleに抗議し、Google「和解案」にも、反対します。

2 そのため、すでに、Googleによってリストアップされた書籍については、4月21日に、「和解案」からの除外手続きを取りました。

3 また、今後の対応は、8月とされる連邦地裁の決定の内容によって、判断していくつもりです。

『耕』09年春 NO.118号「ジャーナリストの見た地域ジャーナリストの見た地域の食・農・まちづくりのいま」でコモンズが取り上げられました。

『週刊読書人』09年3月20日号「元気に、出版ー量よりも質を重んじる良書づくりを第一義に」でコモンズが取り上げられました。

『出版ニュース』09年2月中旬号「梓会出版文化特別賞を受賞して−小出版社の志」でコモンズが取り上げられました。

「市民起業家という生き方」(『企業診断』08年8月号)にコモンズが取り上げられました。

NHK総合「地域発!どうする日本 物価高騰地域はどう立ち向かうのかに出演しました。


□■代表の大江正章の論壇「食・安さ追求考え直すとき-安心、安全支える農業に対価を」が北海道新聞(夕刊)(2008年3月25日)で紹介されました


□■『地域の力―食・農・まちづくり(岩波新書)朝日新聞(2008年3月23日号)で大きく取りあげられました。

記事詳細 「地域の特性を生かし、農業の自立を」


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代表の大江正章『地域の力―食・農・まちづくり』(岩波新書)が出版されました
新宿紀伊國屋書店 週間新書トップ100ランキング 22位

<寄せられたメッセージ>
「すぐに、読了しました。とても素晴らしいと思いました。あんなに忙しい間を縫って、よくこんなに取材したものだと、その行動力と取材力には感心させられました。文章も、とても平易で読みやすい。にもかかわらず、行間から大江さんの熱が伝わってきます。まさに「未来を切り拓くヒント」が詰まった本でした。/友人や知り合いに、どんどんプロモーションします。こういう本が売れれば、まだこの国も捨てたモンじゃない。そう思います。いい本を、ありがとう。前集英社新書編集長 鈴木力

「はじめに」にある大江さんの「いま最も求められているのは、第一次産業や生業を大切にしながら新たな仕事に結びつけ、いのちと暮らしを守りつつ、柔軟な感覚で魅力を発信している地域に学び、その共通項を見出して普遍化していくことだろう。」にまずインスパイアされました。今後の半農半X研究所にも大きなヒントとなりました。/コモンズさんのコンセプト「成長と効率優先の社会や暮らしを見直す具体的なメッセージと新しい思想を提案する」とともに、「はじめに」のことばはさらに意識したいことに思えました。」半農半X研究所 塩見直紀
「岩波新書、読み終わると希望があふれてくる本です。農だけでなく、林業、都市交通もルポされていたのもよかったです。最後のほうに横浜のことが登場しますが、農の専門職があんなにいるとは知りませんでした。」大阪府立大学教員 萩原弘子

「大江さんの終始貫かれていた地域を見る視覚として最も印象に残ったのは、徹底した現場取材(1年生の教室での観察など)と取材相手の傑物ぶりや人間的温かみを、見事にしかも各々のエッセンスを熱く描写なさっていることでした。また、数々な貴重な先進事例の動態を的確に伝えているだけでなく、本書の中にはまさに「地域の力」をめぐるキーワードがいくつも散りばめられていると感じました。農業の「大規模化・単作化・化学化」、「地域自給元年」、「非血縁・半地縁・地域共同体」、「頭から手足まで使う」、「自治体農政の模索」、「独立採算制の呪縛」「マイレール意識」、「市民皆農」・・・・・・・といったエッセンス・キーワードはいずれも副題に挙げられた諸課題を凝縮する表現だと感銘いたしました。」宇都宮大学国際学部教員 中村祐司

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『論座』2006年10月号「出版魂」で、コモンズが紹介されました。
 出版する本のジャンルは食、農、環境、アジア、自治そして福祉だ。これを貫く概念は、人と人とが結び合う「共」であると考え、この社名にした。暮らしを見直すための具体的な情報を伝え、新たな生き方、解決の方向が見えてくる本を出すという信念を持つ。」(本文より。328ページ)

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『アチェの声―戦争・日常・津波―』(佐伯奈津子著)が第1回平和学会賞・奨励賞受賞

<受賞理由について>
 本書は、スマトラ島北部のアチェにおける1990年以降のインドネシア国軍による、暴行殺人、破壊、略奪、見せしめの死体遺棄などのおびただしい人権侵害の実態を、女性を中心とする被害当事者の生の声を通じて明らかにしたものである。著者の佐伯会員は身の危険を冒しつつ現地に入り込み、土地の人々との長年にわたる腰を据えたつきあいを通じて、この衝撃的な非人道的事態を明るみに出しており、その意義はきわめて大きい。

 したがって、本書は学術書ではなく、むしろ戦争ルポに近いジャーナリスティックなものであるが、なお本書は、平和研究における貴重な貢献と評価すべき内容を備えている。本書の大部分は、暴力被害者の証言によって占められており、そのつなぎを著者の現地での見聞が埋めていて、分析的、理論的な叙述はほとんどない。にもかかわらず本書は、全体を通じて、平和研究における根本課題である「暴力とは何か」「平和とは何か」というテーマに正面から向き合ったものになっている。

 まず、著者は、暴力の重大性は、戦争や紛争で一般に注目される「数」で表すことはできないと言う。(本書16、45頁)このこと自体はしばしば指摘されることであり、問題は、では暴力の持つ意味をどう明らかにするかである。平和研究者は、「暴力」や「平和」についてあれこれと抽象的な定義を行ってきた。紛争については、「死傷者」という何の抵抗もなく扱える言葉で被害が表現される。しかし、それでは、「暴力」が個々の被害者たちにとって何を意味するのかは決して見えてこない。佐伯会員は、大部分の戦争ジャーナリストのような、一過性のフィールドワークやインタヴューでものを書いておしまい、というのではなく、現地に家を借り、自らの「故郷」のごとくアチェに身を寄せ、犠牲者たちの目線で、「暴力」とは何かを明らかにしようとしている。例えば、著者のNGO活動の同志であったアチェの人権弁護士が虐殺され、その腐乱死体の悪臭に接したとき、著者は、「人間があのような臭いを発することは、絶対に許されない」と感じる。(同124頁)著者は五感のすべてを通じて「暴力」の意味の奥深くに入り込んでいく。そして悩む。民衆は一方的に暴力にやられるだけではない。これに反撃する武装抵抗組織を支援する。この狭間で「密告者」にさせられる者も出てくる。そして、武装組織による民衆被害も生じる。さまざまな「暴力」の中で、いかに平和を実現しうるのか、著者にも容易に見えてこない。

 著者の研究はその重要な部分において未完である。しかし、物事を上から見下ろして「図式化」して説教を垂れる、ありがちな平和研究とは全く無縁なところで、著者は、守るべきかけがえのない「日常」を持つ民衆の視点で、「暴力」や「平和」の本質をわしづかみにして読者に投げかける。本書は、平和研究を分かったつもりでいた者を打ちのめす。このような著者にこそ、平和研究奨励賞はふさわしい。
第1回日本平和学会平和賞選考委員会・第17期理事 藤原修



□■なぜコモンズを社名にしたのか
 
                      大江正章(コモンズ代表)
 「たぁくらたぁ」創刊2号(2004/7/1発行、発売:川辺書林)より

 一九九〇年に当時勤めていた学陽書房から多辺田政弘<ルビたべたまさひろ>さんの『コモンズの経済学』を出版したころ、コモンズという言葉は一般にはほとんど知られていなかった。書店で「ケインズの間違いじゃありませんか」とか「コモンズさんはどこの国の人ですか」と尋ねられたと、営業部の人から聞かされたものだ。わずか一四年で、そのころと比べれば知名度は飛躍的に上がっている。
 ぼくが出版社のコモンズを創設したのは九六年五月。会社は業種を問わず、社名がとても大切である。まして、ほぼ永遠の構造不況業種である出版業で、ロクに資金もない状態でのスタートだったから、社名にメッセージをこめることでアピールしようと考えた。新しい出版社でのテーマは環境・農・食・アジア・自治。ぼくは、それらを貫く概念は商品化の「私」でも管理の「公」でもなく、人びとと人びとが結び合う「共」であると確信していた。そのとき、自然にコモンズという言葉が浮かんだのだ。ぼくが学陽書房を辞める直前に創った本『コモンズの海●交流の道、共有の力』(中村尚司・鶴見良行編著)のことも頭にあった(この本のテーマは、海と森をつなぐ永続的な発展と豊かさである)。
 ただし、カタカナなのがひっかかっていた。ぼくは、田中知事と違ってカタカナ言葉が嫌いだからだ。
 普通の英和辞典でcommonsを引くと、「平民、下院、共同食卓」などの訳が出ているが多辺田さんによれば、「共有地」や「入会権」など地域で生活していくなかでの共同性の意味がこめられ、そこには人びとの共通のルールがあるという。そして、彼はコモンズをもう少し広い意味で使っている。すなわち「地域住民の共的管理(自治)による地域空間と地域資源の利用関係」である。それは、カネにまつわる部分だけが肥大化し、環境や地球の限界を顧みない、経済成長優先社会を変えていくためにとても重要な考え方で、ぼくが新しく創る出版社のめざす方向とまさに一致していた。
 ひらがなで「こもんず」と書いてみたが、わざとらしくてよくない。入会では社名にならないし、コモンズに近い概念である「結<ルビゆい>」はすでに、ゆい書房に使われていた(残念ながら、ゆい書房はいまは存在していない)。変わるキーワードはない。悩んだ末に、理念優先で、カタカナのまま社名としたのである。
 社会学の世界や出版業界では最近、コモンズは流行語と言ってもいいほどだ。長野県の総合計画審議会が未来への提言として「コモンズの再生」を掲げたことを知ったときは正直、感慨深かった。しかし、一般にその意味するところがきちんと理解されているとは言いがたいだろう。ぼくが本に挟み込んでいる通信に、二人の学者がきわめてわかりやすくコモンズのイメージを書いているので、紹介しよう。
 「(コモンズを)『みんなのもの』と拡大解釈したほうが将来がある。この地球は実は『みんなのもの』という観念の確立がないと、人類は滅ぶ」(村井吉敬)
 「人と人を結ぶ場が、二一世紀における私たちのコモンズです。それは、知り合い同士の身内だけの交流の場ではありません。見知らぬ人びとが出会い、力を合わせることのできるコモンズを整備しましょう」(中村尚司)。
 たくさんの仲間たちと、地域と地球の環境を守り育てながら、それを共有財産としていく開かれた場が出版社コモンズである。県民が豊かな自然環境と社会関係のなかで生きられることの保証がコモンズとしての自治体だろう。そして、ぼくの活動は出版を中心としながら、仲間との米づくりや東ティモールの農民がつくる有機コーヒーのフェアトレードにも広がっている。それらはすべて、ぼくにとってはコモンズのささやかな実践である。    


□■食農同源 暮らしを守る安全な農業

大江正章
『早稲田学報』(03年2・3月号)より抜粋

 二〇〇二年は、食への不安と不信がかつてないほど高まった一年だった。前年秋に発生したBSE(いわゆる「狂牛病」)に端を発し、牛肉の偽装表示、食品添加物の違法な使用、中国産野菜から相次いで検出された基準値を超える残留農薬……。あげていけば、きりがない。八月に約二〇〇〇人を対象して行われた読売新聞社の世論調査では、実に八七%が食品の安全性について「不安を感じている」と答え、半数が食品の表示を「信頼していない」と答えている。はたして、この不安と不信を解消する道はあるのだろうか。
 いうまでもなく、食と農は本来、切っても切り離せない。医食同源ならぬ食農同源なのだ。ところが、戦後の日本はいわば国策として、農をないがしろにして、人びとから遠ざけてきた。「農業よりも工業やサービス業のほうが上だ」という価値観を浸透させ続けてきたのである。その結果、食料自給率は一九六〇年度の七九%から、九九年度には四〇%にまで下がってしまった。これは、かつては日本より低かったイギリスやドイツが一貫して上昇させ、いまでは約八〇%や一〇〇%になっているのと、大きく異なる。だが、日本が「先進国」のなかで例外である事実をマスコミは(恐らく)意図的に伝えていない。
 ぼくは卒業以来、二二年間にわたって本を創ってきた。八〇年代なかば以降、食の安全性に関する本はよく読まれるようになってきた。たとえば、食品添加物やポストハーベスト農薬(作物の収穫後に農薬をかけること)や環境ホルモンの問題などをわかりやすくまとめると、反響が大きい。しかし、人びとの関心は多くの場合、半径一〇メートル以内、すなわち自分と家族の健康と安全なのだ。それを担う農の大切さへは、なかなか思い至らない。当然、そうした本は売れてこなかった。数字も農業の衰退をはっきり示している。農業就業人口は減り続け(一五年間で三割減)、六五歳以上の割合が五三%となり(二〇〇〇年)、耕地面積も減り続けてきた(四〇年間で二割減)。
 しかし、こうして食と農が切り離されたままでは、言い換えれば、どこで、誰が、何を作っているのかが目に見えなければ、食品の安全性への不安と不信を解消できない。人びとはようやく、そのことに少しだけ気がつき出したらしい。前述の世論調査でも、食料自給率の上昇と国内の農産物の安全性を高めることを、七三%が望んでいるのだ。
 そして、新しく農業につく人が増え続けている。三九歳以下の新規就農者がもっとも少なかったのは九〇年の約四三〇〇人。二〇〇〇年度は、その三倍近い一万二〇〇〇人だ。なかでも目立つのは、農家出身者以外の激増ぶり。九〇年度はわずか六九人だったが、九九年度は四六〇人と約七倍になっている。彼らがめざすのは多くの場合、多種類の野菜を作り、数百派羽程度の鶏を飼い、自らの暮らしの自給度を高めたうえで、なるべく顔の見える関係のもとで販売するスタイルだ。農薬や化学肥料は極力、使わない。これを有畜複合農業・有機農業という。考えてみれば、六〇年代前半まで当たり前のように行われてきた農業である。
 また、市民農園の希望者や子どもに農業体験をさせたいという親も、確実に増えてきた。バブルに酔いしれているころは、「都会に農地はいらない」とうそぶくエセ評論家がいたが、いまはそうした声は聞こえてこない。癒しや学びの機能を農に求める動きも、急速に広がっている。多少なりとも農に親しむと、気持ちがやすらぐことを実感する。
 ぼくは一〇年近く、筑波山麓の茨城県八郷町で米を約二〇人の仲間と作っている。地元の農家から借りている田んぼの広さは三七アール。素人としては、けっこうに広い。それぞれ都合のつく土曜・日曜に交替で作業する。シーズンは三月上旬の種子の選別から始まり、一〇月下旬の脱穀までの七カ月半。金曜日に深酒しても、朝ちゃんと起きられるから不思議だ。田植えは手植え、稲刈りは鎌による手刈りと、いまでは普通の農家は利用しなくなったバインダーという機械(稲を刈って、なおかつ束ねる)だ。どちらも、のべ三週間がかり。イベント感覚で、ふだんより多くの人が集まる。ときには昼休みを二時間近くとって、近くの有機農かから分けていただいた野菜や、持ち寄った手作りの料理を中心に宴会。汗を流した後のビールは、こたえられない。
 刈って束ねた稲は、手作りの稲架に架けていく。かつては日本中で見られた風景である。天日干しの米は味がいいといわれている。夕暮れが近づくなか稲を運んでいると、一年間よくぞ育ってくれたという感謝と、これで今年もうまい米が食べられるという気持ちで、ほっとしてくる。この田んぼのお陰で、ぼくはずっと米を買っていない。親しい友人たちにも少しずつ贈る。
 暮らしの一部に農とのかかわりがあれば、自然と食と農の距離は、気持ちの面でも物流の面でも近づいていく。地方を訪ねると、勤めに出ながら自分と家族が食べる米や野菜を作っている人がまだ多い。そして、定年後にはその比重が高くなる。こうした兼業をもっと大事にしていかなければならない。
 ただし、有機農業には草取り、病気や虫害対策、多品種の管理など手間がかかる。収穫が安定するまでには時間もかかる。だから、有機農業が広がるためには、補助や直接所得補償が必要だ。一律に補助金を配るのではなく、農薬や化学肥料の使用の有無や削減割合に即して行うのである。現にそうした政策はヨーロッパ・アジア各国で急速に普及してきた。土建産業を潤すのではなく、安全で環境を守る農業そのものへの直接助成は、多くの人びとの共感を得られるだろう。

*大江正章
1957年、神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。出版社勤務を経て、一九九六年より、環境・食・農・アジア・自治などの本を出版するコモンズ代表。http://www.commonsonline.co.jp/主著=『農業という仕事』(岩波ジュニア新書)。『公共を支える民』(コモンズ、共著)。

 
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