『コドモの居場所』
今野稔久(養護学校教員)2003年/四六判/216ページ/1400円+税
養護学校で働くわたしには、3人のコドモがいる 心地よいことは笑顔で、イヤなことは全身を震わせて伝えてくるコドモたち 学校で、家で、コドモたちからもらう元気と励ましをやわらかなタッチで綴りました
◎書評 日ごろ学校で接する「コドモたち」が友情や恋に悩んだり、日常のささやかな喜びに笑顔を見せる様子、仲間たちや大人との衝突などを通じて成長していく姿を、子供の言葉やエピソードとともに優しい文章で紹介。今野さんに本音でぶつかってくる子供の思いを受け止めながら、対等な視点で、ひとりひとりの内面を深く見つめている。 また、後半では3人の女の子の父親としての素顔にも触れ、ゆったりと育つ娘たちを時には心配し、時には温かく見守る毎日を、本音を交えて紹介している。 今野さんは「周りにいる子供たちの日々の成長を残すことで、自分も一緒に成長しているのに気づいた。学校の先生はもちろん、子供との関係に悩む親にも読んでほしい」と話している。(『ライナーネットワーク』(03年8月12日・13日)----- 著者は障害をもつ子どもたちと日々接する養護学校教員。腹を立てたり皮肉を言い合ったりしながら大事なことに気づいたエピソードを、率直につづる。「子どもが分からなくなった」と言われる昨今、子どもの感覚を丸ごと受け止め、自らも本音を隠さないという著者のシンプルな付き合い方は、一つのヒントになりそうだ。(『北海道新聞』03年8月24日、『西日本新聞』03年8月31日)----- 養護学校で接する障害を抱えた子どもたち。そして3人のわが子。「コドモもオトナもみんな育っていこうよ」というスタンスの著者が見い出した、大人と子どもの対等かつホンネの付き合い方。(『週刊現代』03年9月13日)----- 「コドモたちの世界を探求する夢をもっている者」と自称する著者の、子ども世界への探求記。 養護学校や小学校、保育園の子どもと、そして5歳の双子と11歳の娘たちと、真正面から四つに組む著者の姿は、多くを教えてくれる。「コドモたちを『すげえ!』とうならせるようなものは持ち合わせていない。その分、コドモたちが『これをやりたい』と言ってきたものには食らいついていきたい」 「コドモも探る。教師も探る。そのとき求められるのは、かけひきではなく対話だ」 子どもとの関わりのなかで、大人も育ち、学び、変わっていくことを実感している著者のことばに、うなずくこともしきり。でも、いつもうまくいくわけではない。そうしたつまずきや失敗も語り、考えていく。たとえば、自分の子を「自分のもの」と考えてしまう傲慢さや、力に訴えようとする暴力のタネが自分にもあることに気付いたり。 子どもも大人も、相手の気持ちを受け止め、相手に気持ちをぶつけ、共に生きていく。 「生きているぞ! という根元的なたくましさ」を全身で伝えてくる子どもを、「面白い連中」だと迎えるまなざしが、いい。(『クーヨン』03年11月号)------ 〈もくじより〉コドモの世界に降り立つ/やさしさのかたち/自分で見つけた言葉/つながっているという実感/ちょっと頼りないけど/そのままでいい/自由な社会科/ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ/一五〇〇メートルのドラマ/とどく言葉/持ち味が出てきたぞ/コドモから学ぶ幼稚園/ぶつかりあう親子/オムツ問題あるいはコドモの権利