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◎読者からの感想
少子化が進んでいる現在、子どもたちを大切に思ってくれるなら、なぜもっと夜間の小児救急を増やしてくれないのかと、私もずっと思い続けてきました。この著者の方と同じ、大切な娘を亡くした親として、私も小児救急医療の充実は強く望んでいます。(28歳・女性)
なぜわが子は死亡して自分だけが生きているのか、理解できずにいます。その後の生活を「どう始め、どう続けていくのか」は本当に難題でした。どんなに小さないのちでも、この世にある限り大事に大切に守られる社会であってほしいと願っています。そんな社会にするために、元気を出して歩んでいきましょう。(36歳・女性)
非常に重い読後感をもちました。ほかの子も同じと思うに付け、子どもの医療にたずさわることの怖さに身がすくむ思いをあらたにしました。個人的な体験に終わらせまいとする、筆を抑えながらの医者や医療に対する提言は、慟哭のなかから考え抜かれ、絞り出されたものと感じれらるだけに、普遍性をもちます。ほかの体験本に見られない重さの所以だと思います。(小児科医)
◎書評
子どもの脳が急激に腫れるインフルエンザ脳症。著者は3年前、1歳の長女をこの病気で亡くし、脳症の会「小さないのち」を作った。詳細な描写からは、愛する子を失った夫妻の悲しみが胸に突き刺さってくる。
たとえ早い段階で適切な治療を受けても、助かるとは限らない病気ではある。とはいえ、著者は納得しきれない。当然だろう。救急車を呼んでも受け入れ病院がなかなか見つからず、意識のない異常事態なのに医師や看護婦に軽症と判断されたのだから。
しかし、医療者を糾弾する本では決してない。わが国の小児救急医療体制の充実こそが、著者の祈りにも似た願いだ。(『読売新聞』2001年1月14日)
※そのほか、『朝日新聞』(01年2月10日)、『毎日新聞』(00年12月5日、01年1月24日)、『讀賣新聞』(大阪版)』(0年12月28日)、『赤旗』(00年12月17日)、『中日新聞』(01年1月10日)、『女性自身』(00年12月26日)、『プチタンファン』(01年4月)などで紹介されました。また、『Voice』(2002年11月号)で、柳田邦男さんが紹介してくださいました。
<目次>
まえがき
第1章 長女誕生 待ちに待った女の子 私だけがつらい...?
婦人科病棟の悲しくも強い女性たち やっと会えた! 私の赤ちゃん 生き抜く力−あゆみ
第2章 初めてのバースデイ 昼夜逆になった我が家 元気いっぱいのいたずらっこ 鼻水吸い器との格闘
初めての夜間診療所 パパ、「おかえり」
第3章 二五日だけの一歳 あーい、おかあさん
靴が入ってるおもちゃ箱 まちにはびこるインフルエンザ 迫り来る闇 大変! 早く大きな病院へ あゆみの行き場は八方ふさがり
怠惰な看護婦、右往左往する私たち この子は眠っているんじゃない! ようやく大学病院へ
第4章 死んだらあかん、あゆみ 脳が腫れる...? 待合室と面談室の進展のない往復
厳しい? 助ける? ダメージ? 夫婦の壁 ひとすじの望み 病院へとんぼ返り 両親といっしょにいれば幸せ...?
これからどう育てるか しんどかったら、もういいよ 脳死宣告
5章 死の猶予 あきらめきれない気持ち
悲しき訪問者 いまらかでも遅くない、優しい言葉をかけてくれればいいのに 子どもに脳死移植があったら 奇跡を信じる私たち
もう一度、抱っこしたい おかあさんのところに産まれてきてくれてありがとう 霊安室へ
第6章 孤独との闘い
人形になってしまったあゆみ 小さな小さな棺 なぜ死ななくてはならなかったのか 夜は子どもにとって無医村
社会問題として報道してほしい 親切すぎるお悔やみ 日本の救急システムで子どもを救える? 小児科が減っている!?
供養の形と暮らし方は人それぞれ 赤ちゃんに戻った長男 死に方を比べて満たされなかった私 子どもを亡くした母親との出会い
沈黙を守るカウンセラー 苦労を重ねた息子 いまは小児科医ではない、カウンセラーです よみがえる1年前の記憶
早く戻ってきて! あゆみ
第7章 【小さないのち】の誕生 「いのち」はひらがなで
死を無駄にしないための取材 「京大医学部卒」の前に崩れた病院像 遺族にとって恨む相手はいないほうがいい
小児科がどんどん減っている! シンポジウムを開こう 植え続けよう、りんごの木 満席だったシンポジウム 恭平君の場合
この家を出よう 会員の願いが活動の大きな支え 親と医療者が出会い、同じ視点で語れる場 小さな一人が世論を作る
語ることで癒されれば こころの扉を開いて 愛情色に染まれ、小さないのち
<付録> 小児救急医療の現状を聞く
あゆみの経過 検査結果 あぺんでぃくす−この本を読んだ医療関係のみなさんへ あとがき 【小さないのち】の紹介
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