『カツオとかつお節の同時代史
 ―ヒトは南へ、モノは北へ』

藤林泰・宮内泰介編著/A5判上製/336ページ/定価=本体2200円+税

藤林泰…埼玉大学経済学部。主著『ODAをどう変えればいいのか』(コモンズ、共編著)、『ゆたかな森と海の暮らし』(岩崎書店、共編著)など。
宮内泰介…北海道大学大学院文学研究科。主著『自分で調べる技術』(岩波アクティブ新書)、『ヤシの実のアジア学』(コモンズ、共編著)など。

 カツオ・かつお節をめぐる約1世紀にわたる沖縄・東南アジア・太平洋の島々の濃密なつながりを、丹念なフィールドワークと膨大な資料から浮かび上がらせた労作。
身近な食材からグローバリゼーションの広がりが見えてくる
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書評
 映画には、本編とは別にメーキングものというのがある。いかにしてその作品ができたか、出演者や監督などの楽屋裏の苦労話が編集されたものだ。それが作品よりも面白いことさえある。
 テレビのドキュメンタリー作りをしている私にも、取材を始める前の交渉から、現場での出来事など、裏話の方が事実を語っているのではないか、と思うことがある。だいたい一つの作品を作れば、その制作過程でもう一つの物語ができるものだ。
 二十人ほどの人が五年間かけてカツオを追った成果であるこの本ができるまでにも、それぞれの調査の過程で無数の発見、苦労、喜び、出会いがあったことだろう。メーキングの楽しさが伝わってくる。おそらく、いや確実に、金銭的には何の見返りもなく調査をやり遂げた執筆者の方々にまず、敬意を表したい。平たくいえば「ようやるよ」と言うこと。
 その情熱を支えてきたものは、鶴見良行さんが残された「モノ研究」を継続し、より発展させたいという決意のようだ。
 鶴見さんの成果を過去のものと言ってしまうにはあまりに生々しすぎるが、鶴見さんが亡くなられてから始まった「カツかつ研」は、字義通り正統に「鶴見式モノ研究」を引き継ぐものだ。鶴見さんに対する思慕の念、教えられたことの実践、もし鶴見さんなら何を見て、どう考えられたかと、執筆者たちは常にそんなことを意識しながら調査にあたったのではないだろうか。
 今回のモノは、たまたまカツオである。序章で述べられているように、予備調査の結果「かつお節を追いかけることで、近代日本の動きが見えてくるのではないか。かつお節を見ることで、私たちの生活の背景に何が広がっているのかが見えてくるのではないか」、ということでカツオとかつお節の研究が始まった。
 モノ研究の場合、モノそのものの研究とモノを通して見えてくる背景の研究の二種類があるようだ。カツオの生態や水産業としてのカツオ、かつお節の歴史、民族誌、生産加工法など、モノそのものについての専門書はいくつかある。しかし、この本の特色は市民の目で見たカツオを取り巻く問題を取り上げたことだ。市民とはいえ大学教員や専門の研究者もいるので、モノに対する知識は深く広い。なるほど、と教えられることが多い。ところが、興味をもって読んでいたのに、今ひとつ、最後の方になると鼻白むところが出てくる。
 問題は市民の視点だ。後書きによれば中央よりも周辺、強い側よりも弱い側、下から見るのが市民の視点ということらしい。そのために、削りパックや麺つゆの話など、内容は面白いのに、結語になると、大企業のメーカーが供給するものを便利に使ってしまっていいのだろうか、こんなライフスタイルでいいのかと、紋切り型になってしまい、ちょっと肩すかしをくらうのだ。
 鶴見さんは表現に苦労されていた。いかに楽しく読ませるか、いかに興味をもたせ、探究することの面白さを読者にも共有してもらえるかと。語り口は司馬遼太郎に学ぶことが多いと語られたことがある。バナナもエビもナマコも食べるなとは一言も言っていない。
 だれもが共通に認識していること、気付いていることは書かないほうがいい。自分がバカだと自覚しているのに、バカだと指摘されれば、ごもっとも、と答えるしかない。じゃあ、どうすればいいのと聞き返したくなる。そんなところが、ちらほらと散見されるが、でもカツオは興味あるモノだ。
『カツオの海で戦いがあった』、『大航海時代を生き抜く漁民たち』の二篇はカツオの歴史・地理を大きなスケールで語り、新しい視点を展開している。『カツオに生きる海人』は活きのいいルポルタージュだ。カツオというモノに筆者の愛着が感じられる。やはり、モノをして物語らせるのが素直でいい。読者はそこから市民の目を自覚することができる。
 モノにこだわるのはフェティッシュだ。鶴見さんのことをよく知らない人は「ナマコ好きな変なおっさん」と呼ぶ。カツかつ研のみなさんも変なおじさん、おばさん、ごめん、お兄さん、おねえさんなのだろう。構うことはない。気になるからこだわるのだと言えばいい。理屈を先にこねたら、対象とするモノに失礼だ。
 次々にモノ研究を続けてもらいたい。鶴見式を乗り越え、新たなモノの見方、次なる世界が展開するだろう。
 モノにこだわるのは、複雑な社会背景を単眼で見ることだ。それは物事を単純化することではなく、小さなモノの中にも宇宙があるということ。この場合、カツオは望遠鏡ですね。
(『月刊オルタ』05年3月号)より。

このほか『自然と人間』(04年12月号)、『北海道新聞』(05年1月16日)、『沖縄タイムス』(05年4月2日)、『文化連情報』(05年4月号)でも紹介されました。


<もくじ>
序章  北上するカツオ、南進する人びと―かつお節の向こうに私たちが見たかったもの 宮内 泰介

第T部 私たちの暮らしとかつお節
第1章 カツオ・かつお節産業の現在――宮内泰介・酒井純
第2章 削りパックの向こうに見えたもの――白蓋 由喜
第3章 「便利」な生活を支える麺つゆ――石川 清

第U部 北上するカツオ
第1章 カツオが変える漁村社会――北窓 時男
第2章 インドネシア・カツオ往来記――藤林 泰
第3章 モルディブのかつお節――酒井 純
第4章 ソロモン諸島へ進出した日本企業――宮内泰介・雀部真理
第5章 外国人が支えるカツオ漁とかつお節製造――北澤 謙

第V部 南進する人びと
第1章 カツオの海で戦があった――藤林 泰
第2章 沖縄漁民たちの南洋――宮内 泰介
第3章 「楽園」の島シアミル――高橋 そよ

第W部 カツオから見える地域社会
第1章 かつお節と薪―海と森を結ぶもの――北村也寸志
第2章 餌屋の世界――秋本 徹
第3章 カツオに生きる海人――見目佳寿子
第4章 小さなかつお節店の大きな挑戦――赤嶺 淳
第5章 大航海時代を生き抜く漁民たち――北窓 時男

終章  市民調査研究で広がる世界―報告を終えて――藤林 泰
カツオとかつお節に関する年表