【増補改訂版】日本軍に棄てられた少女たち――インドネシアの「慰安婦」悲話

プラムディヤ・アナンタ・トゥール著、
山田道隆訳、内海愛子解説
四六判/304ページ/定価2800円+税
2013年12月/ISBN 978-4-86187-109-2
※第2481回 日本図書館協会選定図書


日本政府が「慰安婦」問題でインドネシアに圧力をかけていた!
第二次世界大戦中に多くの少女が日本軍に「慰安婦」として連れていかれた事実をまとめた、ノーベル賞候補作家プラムデイヤの作品の発禁を促していたのだ。
その著作が本書『日本軍に棄てられた少女たち』(初版本刊行2004年)。
今回、この事実を明らかにした二人の研究者の論稿を収録した改訂版を発行。

 

目次


読者のみなさんへ
●インドネシアの「慰安婦」物語――解決なきまま語り継がれて 松野 明久
●私はあの苦しみを決して忘れない、そして伝えたい 鈴木 隆史


はじめに
第1章 甘い約束
第2章 公然の秘密
第3章 苦しみを積んだ輸送船
第4章 異国に棄てられた少女たち
第5章 ブル島に棄てられた少女たち
第6章 運命の出会い
第7章 ムカ・ジャワ、通称ボランサルを追って
第8章 ムリヤティの足跡を追って
〈解説〉実現されないプラムディヤの願い 内海 愛子
プラムディヤ・アナンタ・トゥール氏を訪ねて 山田 道隆


訳者あとがき
増補改訂版へのあとがき
〈資料〉戦犯裁判:蘭印法廷の性暴力関係事件一覧 佐治 暁人


◆増補改訂版へのあとがき◆


二〇一二年から研究者たちが、インドネシアの元「慰安婦」たちの聞き取り調査を行ってきた。その過程で一三年一〇月に、日本の駐インドネシア公使が本書の原作の発行に対して「日本とインドネシアの関係に与える反響を懸念している」と公電で述べ、実質的な圧力をかけていたことが、朝日新聞社の調査によって明らかになる。その時点で本書は品切れであったが、どういう内容の書籍について政府が「懸念」したのかを国民に知らせる必要があると考え、増補改訂版を発行することにした。
発行にあたっては、聞き取り調査の中心である松野明久氏と鈴木隆史氏に、「慰安婦」問題の現状と彼女たちの肉声を伝える書き下ろし原稿を執筆いただいたほか、日本軍がインドネシアで犯した性暴力関係事件(「強かん」「強制的売春のための婦女子の誘拐」)の一覧表を収録した。事件の実態について明らかにしているからだ。表を作成した佐治暁人氏は、こう述べている。
「オランダ人を被害者とするスマラン事件などから、『性奴隷制』である日本軍『慰安婦』制度が『強制的売春』として起訴されていることが知られてきた。この表からは、『支那人』(バタビヤ裁判:23号事件)や『インドネシヤ人』(モロタイ裁判:21号事件)を被害者とする裁判が確認でき、今後、起訴状や判決書などから、さらなる検討が必要であることを示している」


二〇一三年一一月
コモンズ編集部 大江正章

 

著者プロフィール

プラムデイヤ・アナンタ・トゥール(Pramoedya Ananta Toer)
1925年 インドネシア中ジャワ州ブローラに生まれる。
1939年 ブローラのブディ・ウトモ小学校卒業。
1942年 同盟通信社ジャカルタ支局に勤務。タイピストとして働く。
1945~47年 インドネシア国軍シリワンギ師団でオランダとの独立闘争に参加。
1947年 オランダ警察当局に捕まり、49年まで投獄される。
1950年 本格的な創作活動を開始。
1965年 インドネシア共産党関係者とされ、スハルト元政権の軍当局に拘束される。
1969年 政治犯流刑地・ブル島に送られる。
1979年 ブル島から解放され、ジャカルタに戻る。流刑中に構想を得て執筆していた大河歴史小説4部作『人間の大地』『すべての民族の子』『足跡』『ガラスの家』の完成に取り組む。
1980年 『人間の大地』を出版、直後に発禁処分となる。
1995年 マグサイサイ賞受賞。ノーベル文学賞の候補となる。
2000年 第11回福岡アジア文化賞大賞を受賞。
2004年 ノルウェー作家連盟の「表現の自由賞」を受賞。
2006年 逝去。
主 著 『クランジー・ブカシの陥落』(1947年)、『ゲリラの家族』(1950年)、『捜索』(1950年)、『夜市のようにではなく』(1951年)、『短編集ブローラ物語』(1952年)、『汚職』(1954年)、『ジャカルタ物語』(1957年)、『インドネシアの華僑たち』(1960年)、『人間の大地』(1980年)、『すべての民族の子』(1981年)、『足跡』(1985年)、『ガラスの家』(1988年)、『回想録 ある唖者の孤独のうたⅠ、Ⅱ』(1995、96年)、『日本軍に棄てられた少女たち――インドネシアの慰安婦悲話』(2001年)。
邦 訳 『ゲリラの家族』(1983年)、『人間の大地(上・下)』(1986年)、『すべての民族の子〈上・下〉』(1986年、1988年)、『足跡』(1998年)<プラムディヤ選集1~6、めこん>。

山田 道隆(ヤマダ ミチタカ)訳
1947年 東京都生まれ。
1970年 上智大学外国語学部英語科卒業、共同通信社入社。
1980年 ジャカルタ支局長(~85年)。
1988年 バンコク支局長(~92年)。
1997年 シドニー支局長(~2001年)。東ティモールを取材する。
2001年 共同通信社退社。
現 在 翻訳家・フリージャーナリスト。
著 書 『いま、インドネシアがおもしろい』(勁草書房、1995年)、『取材報告タイのかたち――外信記者が見た融和社会』(勁草書房、1996年)、『退職後は海外移住計画』(共著、ジャパン・ミックス、1997年)。
訳 書 『アジア太平洋国家を目指して――オーストラリアの関与外交』(流通経済大学出版会、2003年)

 

書評

 

書評オープン

 “慰安婦記録 出版に懸念――93年 日本大使館、インドネシア側に伝達”
駐インドネシア公使だった高須幸雄・国連事務次長が1993年8月、旧日本軍の慰安婦らの苦難を記録するインドネシア人作家の著作が発行されれば、両国関係に影響が出るとの懸念をインドネシア側に伝えていた。朝日新聞が情報公開で入手した外交文書などで分かった。(中略)
この記事は、ノーベル賞候補だった作家のプラムディア・アナンタ・トゥール氏が、ジャワ島から1400キロ離れた島に戦時中に多数の少女が慰安婦として連れて行かれたと知り、取材を重ねて数百ページにまとめたと報じた。(中略)
この著作はスハルト政権崩壊後の2001年になってようやく出版された。04年には日本でも「日本軍に棄てられた少女たち」として発行された。(後略)

『朝日新聞』(2013年10月14日一面記事より抜粋記事)


「オルタ」(14年5月号)、「インパクション」193号(14年1月30日発行)、「ふぇみん」(14年1月15日号)などで紹介されました。